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【管理番号】y11394-kj
【商品名】 清水寺 月照上人(忍向月照) 和歌(思)・梁川星巌 漢詩文 短冊2種
【年代】  江戸後期~幕末期頃
【形状】  1幅
【サイズ】 本紙32.5cm×4.5cm 35.5cm×5cm 総丈168cm×31cm
【商品詳細】
忍向月照:紙本キラ引き少オレ少星シミ少痛補修有。
梁川星巌:絹本極少星シミ少痛補修有。
合せ箱入(箱の小さん板少痛有)。西川太治郎(峡陽)旧蔵品。
※印刷ではありません。肉筆物です。

時代経年による多少の劣化もございますので、写真を良くご覧になってご入札ください。

他にも西川太治郎旧蔵品を出品しております。ご興味のある方はストアの出品一覧よりご覧ください。

忍向月照(にんこうげっしょう)
1813~1858年。幕末期の尊皇攘夷派の法相宗僧侶。京都清水寺成就院に入り住職となった。名は宗久、忍介、忍鎧、久丸。讃岐国生。安政の大獄により身の危険を感じた月照はひそかに鹿児島へ逃れ、西郷隆盛も挙兵計画が頓挫し鹿児島へ戻った。薩摩藩では幕府の追及をおそれ、日向国送りを命じる。これを知った月照は死を覚悟し、西郷とともに錦江湾に入水自殺した。月照は死亡したが、西郷は奇跡的に一命を取り留める。享年46才。

梁川星巌(やながわせいがん)
1789~1858年。江戸後期の漢詩人、尊攘派志士。名を孟緯、字を公図、号を星巌。美濃国(岐阜県)に生まれる。19歳で江戸に出て、山本北山に入門し儒学と詩を学んだ。以後、日本各地を遊歴放浪して詩心を涵養し、天保5年から弘化2年まで、江戸で玉池吟社を開いた。江戸詩壇の中心となった玉池吟社からは、優秀な詩人が輩出した。ついで居を京都に移し、春日潜庵や吉田松陰らと交わり、尊王倒幕運動に関与したが、安政の大獄直前、安政5年9月2日、コレラのため病死。詩集に『星巌集』などがある。妻の紅蘭(こうらん)も幕末の女流詩人として活躍し、『紅蘭小集』がある。

西川太治郎(にしかわたいじろう)
1864~1942年。衆議院議員(立憲同志会→憲政会)、大津市長。近江国浅井郡南浜村(現在の滋賀県長浜市)出身。同人社で学んだ後、明治21年に東京専門学校(現在の早稲田大学)を卒業した。卒業後、山梨日日新聞の記者となり、3年後に近江新報に主筆として招かれ、明治29年には社長に就任した。その一方で、前田正名の地方産業振興運動に加わって全国を奔走。さらに農商務省の嘱託として、明治31年に清の商工業を視察、明治36年には北清やシベリアでの日本製品販売の調査を行った。明治32年大津市会参事会員となり、大津商業会議所会員、同会頭を歴任し、明治40年に県会議員に当選した。明治41年には大津市長に選出され、明治43年まで務めた。大正4年、第12回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第13回衆議院議員総選挙でも再選された。その他、埋もれた志士や学者の顕彰に取り組み、池田屋事件で処刑された一族の西川耕蔵の招魂碑を建立した。